What ?
知恵の科学とは、知識より知恵を優先する科学です。知恵は知識の応用ではありません。知恵は動物の本能のように本来人間に備わっているものです。知識も現代人が生きる上で重要な要素ですが、現代科学の知識への過度の依存が、知恵を無力化しています。この状況を上手く説明したのが、旧約聖書の創世記に登場するアダムとイブのリンゴの話です。一般には、禁断の実=知恵の実を食べることで楽園を追われた、となっていまが、知恵ではなく知識の実を食べることで人類は知恵を放棄した、と解釈すると物語の意図が良く分かります。人類は今、知識の洪水で溺れかけています。例えば、栄養学と医学の知識により、日々様々な健康食品が生み出されています。しかし、それらは本当に安全なものでしょうか?この答えを知識に求めるためには、さらに多くの知識を蓄積する時間が必要です。米国では8万件を超える化学合成物が政府により認可されていますが、実際に人体への安全検査が行われているものは数百件足らずです。知識は時間との競争です。知識は分析で成り立っています。分析は全体より部分を優先します。つまり、知識はどれだけ蓄積しても不完全という枠の中にいます。現代科学は証拠不十分なまま判決を下す裁判所のようなものです。新たな証拠が見つかるまで判決は有効です。知恵は完全の中から湧き出てきます。完全の中から出てきたものには調和があります。調和は平等です。今は平成(平らになる=本当の平等が実現する)です。現代医学は副作用との戦いです。何故でしょう?そこには調和がないのです。つまり知識はあるが知恵がないのです。それでは知恵とはなんでしょう?それは、思いやりです。思いやりは「自分を守る」という隠れた動機から出てきた他人へのやさしい言葉ではありません。思いやりは、相手のために自分を犠牲にする行為です。
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